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2008年5月

the other side of the world

"Why am I stranger in my own life?" 

という歌詞があります。

ときどき自分の足元が心もとなく感じられて

不安を何のせいにもできなくなったとき

こんな気分になります。

ただ 最近はそんなもんだと思うようになりました。

自分はずっと ジブンの人生のstrangerなんだって。

すべてが一致するときに きっと死ぬんだろうなあ。

自分の腕に自分の人生を抱きしめたときに 死ぬ。


まわりのともだちが

「明日死ぬかもしれないから」やりたいことをやって生きる、と言います。

わたしは「明日」と言われるとあせるので

「いつかは死ぬんだから」のほうを採用します。

この前ドラマで

「今は闇雲に『やりたいことをやれ』と教える」

ってセリフがあって「やりたいこと」も考えモノだわ、なんて思いました。

「妥協しない」は○

「納得する」は○

「妥協する」は×

「納得しない」は・・・?

わが人生に妥協なんて文字はありません。

いつだってあるがままを、ここに存在する私含めた世界を

受け入れたいから。

すべて自分で選んだことだから。

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孤独。それでも。

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Never again

THE WHO WON'T GET FOOLD AGAIN

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catch a ray of light

曖昧な意識の糸を

なんとかたぐり寄せて目覚めた。

自分の死ぬ瞬間を

シュミレートした。

自分が人生の殆どを過ごしたこの家で

迎えた 春の 朝の 白いひかり。

人生は夢。

君や来し 我や行きけむ 覚えず

夢か現(うつつ)か 寝てか覚めてか

こう歌ったのは小野小町だったか。

言葉の積み重ねのすきまから

ときどき真実が見え隠れする。

そう感じるときがある。

今朝の目覚めは 朝のひかりは

言葉を乱雑に積み重ねて出来たすきまから

ほんの少し漏れて見えた たぶん真実。

真実ってきっと強固な一枚岩じゃなくて

ひかりのようなものではないかしら。

見ようとすると見えない。

すきまから時々見えるもの。

でも カタチがなくて誰もスケッチできないのね。

ひとりひとりが感じるものだから。シンジツは。

私がいつか死ぬことも シンジツで

人生は脳細胞が作り出す夢で

意味があろうとなかろうと時が過ぎていくことも

シンジツ、しんじつ、真実、信実。

ただ感じる私自身の眼が変われば

そのひかりも変わるだろう。

真実も。

世界も。

すべてが。

さあ、起きよう。

素晴らしき哉、人生!

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in

人生はただ一問の質問に過ぎぬと書けば 二月のかもめ

(寺山修司 「テーブルの上の荒野」より)

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